医師がクリニックを経営する上でのポイントをまとめてみた
最近では若手の医師でも開業を希望する人が増えています。
しかし、何の戦略もなしに開業しようとすれば、医療が足りていない場所ならまだしも、東京などでは激しい競争となります。
今回は医師が開業をする上で、経営上のポイントを小暮裕之さんの「クリニック経営の成功法則」という本を参照してまとめてみたいと思います。
開業の心構え
医師は専門性の高い職人気質の職業であるが、医師とはいえど経営者にならなければならない。
というのも、最近では医師としての手腕が優れているから患者さんがきてくれる時代ではなくなった。
医師としての腕を上げて、いざ開業したものの失敗するケースも珍しくない。
以下に失敗するパターンを示す。
・失敗パターン1
患者さんが来ない。そもそもPRや広告が十分に行われておらず、地域の人に認知されていない。また、明確なターゲットが絞られていないことも。
・失敗パターン2 リピート来院が少ない。通いにくい曜日や時間、予約システムが患者さんのニーズにあっていない。
・失敗パターン3 忙しすぎて立ちいかなくなる。全部自分でやろうとしてしまって、事業を縮小するか続けて体を壊すことになる。
以上のような失敗を避け、開業を成功させるためには何を意識すれば良いのか。
注意すべきポイントを以下に示す。
開業を成功させるポイント
差別化を図る
「こんな論文を書いた」、「これだけの肩書きがある」というのはほとんどの医師がやること。実際、患者さんはそれだけでなく「居心地がいい」「楽しい」といった様々な要素を加味して選択する。
医師としての職人気質だけではなく、他の分野についても広い知見を持ってクリニック独自の方向性を示す必要がある。
自分のタイプや方向性を自覚してビジョンを打ち出し、共感するフタッフや患者さんを詰めていくという考え方が重要。例えば、変化を好む理想主義者で常に未来を見ている人ならば、起業家としての学びを深め、斬新なサービスモデルを打ち出すことが差別化につながる。
顧客本位で考える
競争が激化した時に他のクリニックとの差別化が必要だが、それを図るには患者さんに提供できるオリジナリティのある価値が必要。
「自分の好きな医療を提供できる」というのは自分本位の考え方、そうではなくて顧客中心で考える。
開業するときは、最初に喉が乾いている人(=医療を求めている人)はどこにいるのか、その人たちに何を出したら喜ばれるのかを考えることが大切。他者のために何ができるのか、という視点を常にもつ。
組織を育成する
どんな人にどんな目的でどんな価値を提供するのか、というミッションやバリューの元に人を集めることが重要。
医師がワンマンで経営してしまうと、患者さんのために尽くすというマインドを持ったスタッフは採用できず、指示待ち人間しか育たなくなる。
これを防ぐには院長の思いを言語化して、共感してくれる人を採用する。同時に相手をコントロールしようとするのではなく、自分が信頼に足る人間になる。
winwinの関係になるために「7つの習慣」でいう、信頼残高を蓄える。
やるべきこと、やる必要のないことを切り分ける
必ずしも医師がやらなくて良いことは信頼できるスタッフに業務を任せる、という仕組みを構築することが大切。
その際になんの為にやるのか、という業務の意味を真に理解をしてもらうことで、スタッフもモチベーションを保って働ける。
マーケティングの手法
考え方としては、
1環境やマーケットシェアの分析
2ターゲットのセグメントやポジショニングの明確化
3ニーズに合わせて商品やサービスの内容を考える。
4誰に提供するのかを明確にして、欲しいものをヒアリングして、適したサービスを提供。
という流れ。
まずは理念、ミッションを決める。
例えば小暮さんの場合は、ミッションが働いているうちに変わっていった。
「国内の乳幼児死亡率が先進国でワースト2位という状況を改善したい」→「働く親御さんたちが笑顔で子育てできる環境を作り、2人目、3人目を産みたいと思って欲しい」→「笑顔で安心して出産や子育てができる社会を作る」
このミッションが経営に迷った時の判断の軸になるもの。また、採用でも重要な役割を持つ。
誰を顧客とするのか決める。
まずはどういう層の役に立ちたいのかを考える。たとえば小暮さんの場合、
「子供の健康を願う、働くパパとママ」とターゲットを決めたのち、「仕事が終わった後でも連れてこられる時間帯まで診療」「月曜日に仕事に行きたいパパとママのために日曜日も診察」などの方針を立てる。
開業エリアを決める。
先に決めた顧客層が多く存在することが第一条件。
具体的には、働くパパとママが多い地域をリサーチ。小暮さんは有明に小児科のクリニックを開業したのだが、有明は高齢者が少なく、20代後半から40代前半までの人が多く住んでいる。出生率が高く、小学生が多いという特徴がある。
地域事情をリサーチするのに役に立つのがマンションの広告。例えば広告で、保育園、小学校が徒歩圏内と育てやすさを押していれば、子供が多い。ファミリーマンションが多く建てられているところは将来的に子供が増えると予想できる。不動産業者は地域の事情をよく勉強しているので貴重な情報源。モデルルームの見学の際に、地域の医療事情を聞くと教えてくれる。
開業予定地を決めたら区画ごとに人口を書き込んで、クリニックからどのくらいの距離に何人住んでいるかを把握して、人口×受診率で水系の来院患者数を予測。
顧客のニーズを深掘りする。
リサーチに有効なのは地域に入っていくこと。町内会の人に挨拶をして地域のイベントに積極的に出させてもらう。イベントはニーズの把握だけでなく、認知を高めるのに有効。
「子育てに関する相談に乗ります」とイベントを出して、育児全般の悩みを引き出す。
他にも日常的に地域の人に話しかけて、育児にまつわる課題を聞く。
ニーズに合うサービスを設計
診療時間:日曜日に診察。親に月曜日から仕事をしてもらったり、子供が月曜日から登校できるように。昼休みは保育園からの呼び出しが非常に多く、休みを取って保育園に迎えにいった親からの診療ニーズが非常に高い。スタッフ交代制で休むことにより、受け皿を確保。
予約システム:時間帯での予約によって待ち時間をできるだけ少なく。ただ急患にも対応できるようにある程度余裕は持たせる。
かかりつけ医登録システム:4回以上の受診で登録可能で、診療時間外でも電話診療可能。いざという時にいつもの先生に相談できる。
大人も診察:子供と一緒に見てらいたいニーズ
他にはない付加価値を作る
・「事故予防」の啓発活動を行う。乳幼児の死因元1位は不慮の事故であるため、年齢別で起こりやすい事故を具体的に説明することによって予防を図る。
・接種できるワクチンの数を増やすことで選択肢を広げる。
・定期的に顧客満足度調査を実施。顧客の声を貼り付けることで皆で共有できるように。
・ホームページの載せるのはデータだけでは不十分。「お仕事が終わった後も 休みの日も 小児科専門医による医療で安心」。創業時からブログも開設。ターゲット層の興味の持つテーマで記事を発信。facebook, line@, instagramなども活用。
・患者さんの病歴を聞いてカルテに記入するクラークという仕事がある。これにより医師が患者さんの顔をしっかりみて診察。
ブランディング
講演・セミナーを開催。自分の存在をクリニック内やホームページだけでなく、どれだけリアルのばで示せるか。
メディアへの露出の機会も増やす。
人材を育てて自走する組織を作る
採用の際にはミッションに共感している人、同じ方向を向いている人を雇う。
そのことで、院長が決めていいことは基本的にフタッフ全員が決めていい、として積極的に権限を委譲することができる。
当初、採用したスタッフの定着のために、条件面のみでモチベーションをコントロールさせようとしてしまった。給料をあげるほど要求はエスカレートしていき信頼関係が崩れていった。
また、安易にコンサルタントを信用してはいけない。
個人のクリニックを志望する人は大病院と比べてモチベが高くないことが多い。クリニックを発展させるために頑張りたいという人は少ない。
でもちゃんとメッセージを発信することで「こんな目標が持てるのか!」と気づいてモチベーションが高い人が入ってきてくれる。
コツは、求める人物像を明確に打ち出すこと。明確にすればするほどターゲットが絞られて無駄な応募がなくなっていく。
また、会社でよくいわれるような「風土」を大切にする。
小暮さんの場合は、「業界のルールにとらわれずに、みんなの声を大切にする柔軟なクリニック」という風土を浸透させている。
「未来」をイメージさせることもスタッフのモチベーションを上げる際に非常に有効。
小暮さんの場合、2020年までに日本一信頼されて求められる小児科クリニック、2024年までに海外進出という目標を掲げている。
理念、ビジョンを軸に多面的な情報発信を行い、それに共感して応募してくれた人を採用する。
給料は「基本給+業績手当」で支払われるが、この業績はクリニックの売上ではなく、患者さんの満足度を基準にする。
売り上げを基準にしてもそれは、患者さんのためにはならない。
収支報告書を公開して、経費への意識を高める。
するとスタッフは節約すれば利益が増えて、結果として賞与として還元されるという仕組みを目で見てわかるようになる。
現場が必要と判断したものを購入する際は5万円まで個人の裁量で使っていいことにすることで、無駄遣いが減り、いちいち院長が確認する必要も無くなった。
組織づくりで意識すべきはエンパワーメント(権限委譲)。
できるだけ早い段階で信頼できる人に仕事を任せて、時代が変わっても柔軟に対応できる体制を作っておく。
実際、経営者が主導しなければならないのは、未来に関する意思決定くらい。
診療は専門医、採用やマーケティングは得意な人に、法律は弁護士にと、ほとんどの権限を委譲。
ドラッカーは著書でミッション、バリュー、ビジョン以外は委任できると言っている。
ただ、ミッション、バリューですらもみんなで考えるべき。
しかしこれは「自由にさせることでより高い成果を発揮させる」というスタッフとの信頼関係を元になりたつ。
ただこれは良い採用が前提。合わないなら採用しないという姿勢を貫くことが大切。
採用が苦手だと思ったら信頼できるスタッフに任せるのも手。
人生の成功には目標設定がとても重要な鍵を握っているということの理解を促す。
目標の立て方の指針として用いるのが「7つの習慣」
内的動機付けとしてスタッフの成長を支援する。ステップアップできるようなポストを用意したり、進行中のプロジェクトも開示する。
承認・感謝を形にする。表彰には体験型のイベントを賞与にしたりする。例えば普段は行かないような高級ホテルに泊まらせる機会を与えることで、一流を学び、それを普段の仕事にも生かしてほしいという思いから。
p/pcバランスを意識する。(pは成果、pcは目標達成能力のこと)
ガチョウと金の卵を教訓に。常に成果だけを追い求めるのではなくて、同時に自身の成長、目標達成の能力も上げていくことが大事であるとスタッフに伝える。
スタッフが様々な雑務をこなすのでなく、やるべきことを切り分けることで、一人一人の得意分野が生まれて効率的な運営につながる。
まとめ
以上が医師がクリニックを経営する上でのポイントとなります。
非常に読みやすい本で、かつ経営のために行った施策が具体的に書かれており、とても勉強になりました。
著者である小暮さんの患者さんに対する思いや優しさ、そして経営に向き合う真剣さが伝わってきて、自分も医師としての能力を高めて「良い医師」になるだけでなく、患者さんのニーズを理解し、それに沿った医療を提供できるような経営者にもならなければならないのだと強く感じました。
クリニックの開業に少しでも興味のある人は、実際に本を読んでみることを強くお勧めします。得られるものがかなり多いはずです。
では、Take it easy.